少年とマジック

応募部門:演技部門
作:Maricco

私の知らない出来事から
歯車がずれて
ある日から止まったままになり
深く深く心に傷がついてしまった少年とご家族がいる。

私にはどうすることも
手の届きようもないことなのだけど
当時、ずっと私なりに心配をしていた。

その年のマジックの発表会、
私の所属するマジック団体は
他の団体と団体の間、お客様が帰らないようにマジックで繋ぐことになっていた。
前の団体が
ねぇ!ちょっと!うそでしょ!
って位早く終わり
私は係担当である総合受付を1階でしながら4階でマジックという緊急事態に?!

それはドリフの曲が頭の中で流れるようなあわてっぷり
それこそイリュージョン!

後日談で前の団体の指導者の方がテンパって演目をすっ飛ばしてしまったらしい。
早く終わるわけだ。

先に述べたように
私たちの役割は
次の団体の演目まで
1度座った客席を
たとえトイレだろうが席を立ったら承知しないわよ!
と、会場にお客様を閉じ込めるミッションがある。

前置が長くなったが
慌てて支度し客席の前に立つ。

客席一番前のど真ん中に
あの気になっていた少年が座っていた。

お互いにビックリ!
マジックを見せる前に私自身がビックリ!

やろうと思っていた演目を急遽やめて
彼をマジシャンにしちゃおう!
何故か咄嗟に
私の直感がそうした。

お手伝いをお願いしたら
次の瞬間ピョコンと私の隣に迷うことなく並んでくれた。

名前を(知ってるけど)聞いて
久しぶりに彼の声を耳にし
もうなんだか
それだけで胸がいっぱいになりながら
彼とマジックをした。

照れる笑顔で自分の席に戻る彼。

私はマジックをしながら
彼の観客になっていた。

私たちの出番が終わり会場を出たらご家族と一緒に待っていてくれた。

もう会えただけで嬉しいのに
ご家族から
数ヶ月ぶりの外出。

途中でやっぱり帰ることを想定しながら
会館へと足を向けたことを
こっそり伺った。

マジックを生で見るのははじめてなのに
そこでよーく知っている私と会って
人前でマジックをしたこと。

今の彼の置かれた状況からすると
一歩間違えたら取り返しのつかないほど
彼を壊してしまうかもしれなかったこと
なのに私はそこまで気がついてなかった。

何とか彼にはその柔らかい笑顔を取り戻すことを思い出してほしくて
とっさに
もし欲しいならいる?と
私のマジックグッズをプレゼントした。

賢い彼は原理を即座に理解した。
ならば練習あるのみだよ。
私もたくさん練習したのよ。

きっとわからなかったら聞きに来てくれるかな

きっと出来るようになったら嬉しくて
来てくれるかな

そんな事を頭の片隅におきながら。

あの頃のように輝く目で
私のダンケンを真剣にみて
一生懸命失敗しながら試している彼を見る
ご家族の目も輝いていた。

幾度も幾度も感謝の弁を伺い
私たちは「またね」と別れた。

次の日
彼との時間が止まっている場所に出勤し
彼と偶然会ったこと
を丁寧に報告した。
どの目も「ありえない」と戸惑っていた。
しばらくして
ある日呼ばれた。
その呼ばれ方で
「よくないこと」で呼ばれたのが瞬時にわかった。

そこに置いてある文書に
箇条書きで
私と会った。
知り合いに会って嫌だった。
と。アンダーラインが引かれている。

それを見て
彼を更に壊してしまった
と理解した。
あんなに喜んでくれていたのに何故?
会いたくなかったら何故待っていてくれたの?
疑問はあったけれど聞いても仕方がない。
涙が溢れた。

その場にいる皆の目が本気で怒っていた。

私は責任を感じ辞表を書いた

書かなくてもただの非常勤。
皆が解決の努力の中、更にこじらせた私は辞めざるをえないことは、わかる。
辞めたからって更に壊したものが戻るわけではないけれど。

でもあんなに喜んでくれていたのに
なぜ?

辞表を出すと決めた日
朝、職場に、着くと偉いひとが私を待っていた。

先日見せられた文書は彼とご家族の本意と真逆であり
私がそれを元に注意を受けたと
ご家族が知り、慌てて
私への感謝をありったけおっしゃってくださったのだという。

そして
マジックがたくさん練習して
出来るようになったから
私に会いたがっている。
私がいる日だけなら
行きたい。
と。

行く

その言葉は
ご家族が数ヶ月待っていた言葉。
永い苦しい時間が終わる言葉。

マジックを習ってよかった
心底思った。

歯車がひとつだけ重なった?

まだ、回ってはいないけれど
ゆっくり、でいい。
たまには止まってもかまわないから
一緒にダンケンみたいに回していこう。

私こそ、彼にありがとうをつたえなきゃ。

そして
彼の心の歯車を回してくれるマジック
ダンシングケーン
ありがとう。
教えて下さった先生
ありがとう。

私のこんな独り言
最後まで読んで下さったあなた
ありがとう。
長かったでしょ(笑)