大学生の頃,好きな女の子にカードマジックを見せたときの思い出

応募部門:演技部門
作: YuMo

 僕がマジックを始めたのは小学校3年生くらいのことだ。種や仕掛けそのものもおもしろいが,人に見せると,まるで本物の魔法を見たかのように驚いてくれるのが楽しくて,僕はそれ以来ずっとマジックに夢中だ。中学,高校とマジックを続け,東京の大学に進学すると,マジックのコンテストに出場したり,マジシャンの事務所に所属したりして,ますますマジックにのめりこんでいった。

 そんな僕は,大学入学からほどなくして,同じ学科のA子に恋心を抱くようになった。A子は小柄で本の好きな可愛らしい女性。美人というのではなかったが,魅力的な笑顔と優しい性格で,僕はたちまち彼女に夢中になった。
 ある日,同じ学科のメンバーで,ちょっとしたパーティーをしたときのことだ,イケメンのB男から,
「なあ〇〇,俺にも女の子にモテそうなマジック教えてくれよ」
と頼まれた。

 B男はイケメンな上に,明るく,女性に話しかけることが得意なタイプ。今で言う陽キャである。別にマジックなどしなくても十分にモテそうなものだが,そんな風に言われれば悪い気はしない。
 そこで僕は,観客の選んだトランプを,脈拍の変化を読み取って当てるというマジックを彼に教えた。ドラマチックな上に,女の子の手を握れるという,いかにも男子の喜びそうなマジック。難しい技術を使わなくてもできる方法を丁寧に解説してあげた。
 するとなんと彼は,
「A子ちゃん,俺が今からすげーマジック見せるよ」
と言って,A子にそのマジックをやり始めたのだ。
(しまった……こいつにこんなマジックを教えるんじゃなかった……。しかもろくに練習もせずに見せるんじゃないよ!)
と心の中で後悔しつつ,僕は成り行きを見守った。

 B男はA子にトランプを1枚引かせて覚えてもらい,それを束の中に戻した。そこまでは順調だったのだが,その後のトランプの混ぜ方に問題があった。僕の教えたのとは違う切り方で,細かく切ってしまったのだ。そんなに混ぜてしまったら,外す確率が高くなるぞ……。僕の心の中の天使は,それでも何とか当たることを期待しつつ,心の中の悪魔は,外れることを期待し始めた。
 B男はトランプをテーブルに広げると,A子に人差し指を伸ばすように言い,その手首を握って,トランプの上をゆっくりと動かしていく,
「こうしていくと,選んだカードのところで脈が速くなって,どのカードがわかるんだ」
「……わかった!これだね!」
 彼は,悪魔の期待通り,間違ったトランプを抜き出してしまった。見事失敗した彼は,すごすごと退散してしまった。

 チャンス!ここからは僕のターンだ。

「B男はちょっとやり方を間違えちゃったね。今のマジック,本当はどうなるのかやってみようか」
 僕はA子に,同じマジックをやり始めた。彼女の手首を握ったとき,僕の頭は彼女の手の温もりでいっぱいになった。正直,彼女の脈拍の変化などまったくわからない。しかし,僕の脈拍は確実に速くなっていたことだろう。
彼女の指が,トランプの上をすべっていき,ゆっくりとターゲットのカードに近づいてゆく……そして,僕はありえないミスをした。彼女の選んだトランプの,隣のカードを抜き出してしまったのだ。(マジシャンの方は,僕が何をしでかしたのかおわかりだろう)
 僕はあわてて正しいカードを抜き直し,なんとかその場を取り繕ったが,動揺をまったく隠しきれなかった。この僕が,こんな初歩的なミスをするなんて……というショックが大きかった。

少しいいわけをすれば,僕は小学生のとき以来,このマジックをほとんどやっていなかった。カードを自由にコントロールするテクニックを身につけてからは,不要だと思っていたのである。しかしそのときの僕は,カードをコントロールする以前に,自分の心をコントロールすることができていなかった。
僕は彼女のカードを見通すことができなかったが,今にして思えば,彼女には僕の心が完全にお見通しだったことだろう。初めから勝負になっていない。数年後,僕が彼女にあっけなく振られたのも当然だ。

 マジックは,演じる者をヒーローにしてくれる魔法。しっかり練習すれば,人を惹きつける不思議な力を与えてくれる。でもその魔法は,恋に落ちた相手には効かないことがある。恋にはまた,別の練習が必要なのだ。