1964年のハーフダラー

応募部門:演技部門
作:Dewars

 酒を飲みながらコインを触るのが好きだ。ウイスキーのロック、とりわけメイカーズマーク12年だとなおよい。机は木の机。これもまたコインと木が擦り合う音が心地いい。外で飲みながらもこれをやるので、友人にはよく嗜められる。

 そういえば学生の頃、酒を飲む場でマジックをしたときに最高に盛り上がったことがある。HUBでいつものように飲んでいた時の話だ。客は自分たち含めて10人と少しといったところか。友人3人と酒を酌み交わし話していると、1人がいつものように「なんかやってよ。」と言った。そこで私はコイン、ではなくカードを取り出し、1つのマジックをやった。彼の選んだカードにサインをもらい、もう1枚のカードにもう一人の友人と自分のサインを書いた。その2枚がくっついて1枚になるというマジックだ。そう、マジックを嗜んだことのある者なら誰しもが知っている傑作「アニバーサリーワルツ」である。なぜそのカードマジックをやったのかといえば、その次の日から1人の友人が就職に伴い、一時の寮生活になるため会えなくなるからだ。会えなくなるとは言っても数ヶ月程度のため感動の別れのようなものは特になかった。ただ、毎月会っていた友人と数ヶ月も会えないというのは少々堪えるものがある。

 マジックが終わると思いもよらぬ方向から歓声を受けた。友人達の後ろでその光景をみていた外国人が大きな声で「ワンダフォー!」と言ったのだ。そして、英語で「もう一つ、これでなにか見せてくれないか。」と言いながら、1枚のハーフダラーを渡してきた。そんな無茶振りに答えようとした私は、話しながら、メキシコのセンタボ銅貨1枚とハーフダラー1枚を相手に握らせた。外国人は声が大きかったため、周囲で飲んでいた日本人も珍妙なものを見るかのような目つきで、握った彼の手をみていた。彼の手からハーフダラーを取り出し、私は声高々に3カウントをして、指を鳴らした。そして手の中の銅貨を500円玉に変えてみせた。観客から、店員から、ともに拍手喝采を受けた。「スコッチアンドソーダ」でそこまで盛り上がるかと私は驚きを隠せず、マジックの歴史に深く感謝をした。周囲の熱が収まり、外国人達と談笑していると500円玉と先ほどのハーフダラーを交換してほしいと言い出した。500円玉は表面に桐の花が描かれた黄銅貨幣で、世界の貨幣の中でも珍しい部類に入るのだろう。ちなみに私はマジックで使うコインは全て酢につけてメンテナンスを行う。それはコイン本来の素晴らしい輝きを取り戻すからであり、もちろんその500円玉も例外ではなかった。ハーフダラーと500円玉は等価交換ではなかったが、酒と空気に酔っていたこともあり交換した。そういえば、そのときに飲んでいた酒もメイカーズマークだった。

 次の日の朝起きて、ふとハーフダラーを見返してみると1964年と書いてある。なんてこった、美品だ。等価交換どころか得をしてしまったと思うと同時に、悪いことをしたと思う自分がいた。彼はこのコインの価値を知らずに私に渡したのだろうか。はたまた日本に観光にやってきたマジシャンだったのだろうか。今となって真実はわからない。しかし1つ言えることは、彼がそのコインを渡してくれたおかげで演者として素晴らしい経験ができたことだ。彼に心から感謝をしたい。酒場で、周りの客達が湧いた熱気、驚き、一体感はマジックでしか生み出すことはできない興奮だろう。これだから酒とマジックはやめられない。

 さて、今宵も酒を飲みながら、学生時代の喧騒を思い出し、あの時のハーフダラーに触れる。あの外国人は元気にしているだろうか。たった1枚のコインと幾千の思い出が最高の酒の肴になる。グラスを傾けると、氷が綺麗な音を響かせた。うん、今日も酒が美味い。