マジックが画面から目の前に現れるまでの話。

応募部門: 鑑賞部門
作:えいちゃん

やっとマジックを気軽に観に行けるようになった。それは、当時の私には想像もつかないことだった。

2011年、私は高校を卒業し、地元の大学に入学した。ニコニコ動画全盛期。大学時代は毎日のようにニコニコ動画を見ていた。主にアニメやゲーム実況を見ていたように思う。ある日、踊ってみた、歌ってみたなど、「○○してみた」、というタグが注目される中、ある動画が目に留まった。

【叩けないから】地球最後の告白を 演じてみた【叩かない】/ びーも

2013年3月20日の投稿。タイトルに惹かれて、容易に再生ボタンを押した。そうしたら、曲に合わせてカードマジックが繰り広げられた。5分12秒の間、画面に釘付けになった。あまりの衝撃に、もう一度見た。マジックと歌詞のリンクに気付き、涙が流れた。何度も何度も見た。何度見ても感動した。この時が、マジックというものに、始めてちゃんと接した瞬間だった。なぜ”演じる”という言葉を使うのか、それがわからないほどに、当時の私はマジックを知らなかった。その日より前にびーもが投稿した、演じてみた動画は全て見た。新作が投稿されたらすぐに見に行った。しかし、「演じてみた」というタグはメジャーではなく、そこからマジックの知見が広がることはなかった。

そこからしばらく、卒論に向けて忙しない日々を送り、マジックに感動したことなどすっかり忘れ去っていた。そして好きなゲーム実況者がこぞってニコニコ動画からYouTubeに移行していき、次第にニコニコ動画を見ることはなくなった。

大学を無事卒業し、大学院に進んだ。そんなある日、YouTubeを見ていたときに、とても気になる人を見つけた。その人はマジックをしていたが、マジシャンと言うよりは、”魔法使い”という呼称が正しいのかもしれない。そこで見つけたのが、「魔法使いアキット」というパフォーマー。なんだかやけに気になってしまい、大学時代に比べて余りある経済力と行動力を身に付けていた私は、魔法使いアキットの定期公演に足を運んだ。本物の魔法のようなマジックを見て、心躍った。それからは、いろんな場所に行き、魔法を沢山見に行った。これが、マジックに再び近付くきっかけとなった。

大学院を無事卒業し、社会人になった。経済力と、少しの時間を手に入れた。その時間を使い、マジックの知見を広げようとしたが、誰を見たらいいのか、どこに行ったら観れるのか、何もわからなかった。次第に、マジックそのものに興味を持ち始めた。マジック関係のイベントをチェックするようになり、「マジックマーケット」というイベントを見つけた。どちらかというと、マジックを”やる側”の人が集まるイベントではあるとわかっていたが、”観る側”でありながら、どうしても行きたくなってしまった。

「マジックマーケット2018」、出展者を見たら、「びーも」という文字を見つけ、すっかり忘れていたニコニコ動画の記憶を思い出し、その懐かしさに行くことを決意した。あの素敵な動画を作ってる人は、一体どんな人なんだろう、という純粋な興味だった。とても気になった。ひとりだと心細かったので、マジック好きの友人に声をかけたら一緒に行ってくれることになった。

マジケ2018当日。開場前から並び、きっとマジシャンなんだろうな、という人たちが周りに沢山いて、少し居心地が悪かった。開場し、しばらく経ってから入場できた。通路が埋まるほどのお客さんをかきわけ、びーものブースへ向かった。すでに列ができていたのでそれに並び、演じてみたのレクチャーノートを買った。動画で使ったトランプをおまけで頂いた。とても嬉しかった。しばらく経ってから、サインを貰いに行った。この時「マジックやるんですか?」と聞かれたので、「少し」と嘘をついた。観る側なのにレクチャーノートを買ったことに、少し後ろめたさがあった。今となっては、そんなこと感じる必要ないのに、と思えるが、当時はなにか、入ってはいけない領域に、踏み込んでしまったかのような気がしていた。後にこのレクチャーノートを読んだら、一本の動画がどれだけ緻密に作られていたかがわかり、その凄さに大感動した。買ってよかったと思った。そして貰ったサインを見るたびに、とってもニコニコした。

その後、他のブースを回ったり、トークショーを見たり、ひと通り楽しんで、混雑した会場を後にした。観る側ではあるが、とても楽しむことができた。

このマジックマーケットに参加したことがきっかけで、私とマジックとの距離がぐっと縮まったように思う。今までは画面の向こうや、ステージの上にあった遠い世界が、急に目の前に広がった。目の前で見るマジックは、また違った特段の面白さがあり、どんどんはまっていった。いわゆる大衆向けのマジックではなく、おそらく、マジックをよく見る人ほど、面白いと感じるマニアックなマジック。それぞれのマジシャンの個性が往々にして現れるそれは、とっても魅力的で、いつもよりマジックというものが輝いて見えた。初めてマジックに接したびーもの動画も、どちらかというと、これに当てはまるのではないかと思う。曲に乗せることで、大衆向けのように見えていただけ。いくら大衆向けのマジックを見ても、びーもの動画を超えた面白さになかなか出会えなかったのは、そのせいだった。

次第にマジックをやる人、見れる場所について詳しくなり、大道芸や舞台など、さまざまな場所に足を運ぶようになった。マジックが好きな友人も増えた。好きなマジシャンも増え、今までなら絶対行けなかっただろうな、と思う少人数制のマジックライブやマジックバーにも友人と行くようになった。テンヨーマジックフェスティバルにひとりで行った。さまざまな場所に恐れながらも行き、わかったことは、私が昔感じていた、「観る側が入ってはいけない領域」など存在しなかったということ。その領域には、あまりにも面白い世界が広がっていたこと。

マジシャンの世界はとても閉鎖的であり、その周りには壁がある。大衆に向けたマジックでは、それが開かれるが、マジシャンがマジシャンに見せるような、マニアックなものはその壁の中で展開される。そのため、”入ってはいけない領域”のような気がしてしまうように思う。ぐっと踏み込まないと見れないような、その壁の中でこそ、マジックの面白さの本質というか、あまりにも魅力ある世界が広がっていることに、大衆は早く気付くべきである。私はもっと早く気付きたかった。

初めてマジックに接した日から、このことに気付くまで7年もかかってしまった。やっと気軽にマジックを見に行けるようになった。これからも、もっともっと、沢山見に行こうと思っている。マジックの世界には、まだまだ面白いもの、新しいもの、見たことないものが眠っている。それらを発掘する作業は、とても刺激的で、人生に彩りを与えてくれる。

マジックを”やる側”の全ての皆様に、とても期待している。”観る側”の私も、その凄さを理解できるように、観る目を鍛えておこうと思う。