「おめでとう」のマジック

応募部門:演技部門
作:万博

マジックを見た感想として、お客さんから頂く言葉は様々です。「楽しかった」「面白かった」というオーソドックスなものから「すごい!」「ふしぎ!」というマジック独特のもの、さらに「こわい!」「気持ち悪い!」といったものも、マジックでは時に褒め言葉になります。そんな中で、私が頂いた印象深い言葉があります。

それは「おめでとうございます」というものです。

ある年の4月、私は知人の合唱団が行う発表会に助っ人として呼ばれました。それもマジシャンとしてではなく、歌う方です(テノールでした)。

そしてよくある話ですが、せっかくだから幕間で少しマジックをして欲しいということになり、私はファントムチューブという演目を披露しました。金属の筒から色々な物を取り出す、昔ながらの華やかなマジックです。

発表会は大盛況に終わり、ホールでお客さんの見送りをしていた時です。60代くらいの見知らぬ女性が、私に声をかけて下さいました。そのときに頂いた言葉が、次のようなものです。

「とても素晴らしい芸を披露して頂いて、本当におめでとうございます」

私は、なぜここで「おめでとう」なのかと違和感を覚えました。それまで自分のマジックに「おめでとう」と言われたことなど無かったのです。最初はその女性が「ありがとうございます」を言い間違えたのかな、と思っていたのですが、どうにも腑に落ちません。しっかりとした足取りで私のところに向かい、そして笑顔でおっしゃった「おめでとうございます」は、言い間違いなどではなく本当の気持ちだったように思えたのです。私はしばらく、そのときの「おめでとう」の意味を考えていました。

「おめでとう」という言葉を掛ける場面は、大きく分けて2つあると思います。ざっくり言うと、優勝したときと、お正月です。

優勝したときというのは、別に優勝でなくても、目標を達成したり、試験に合格したり、賞を受けたりと、何かしらの成功をお祝いする場面のことです。また、お正月というのも別に他の日でも良く、お祭りの日、誕生日や成人式、あるいは個人的な記念日など、何かしらの節目をお祝いする場面のことです。

私が声をかけて頂いた場面は、どちらにも当たりません。強いて言えば、発表会が成功して「おめでとう」かも知れませんが、それだとわざわざ私に言わないと思います。私が演じたマジックに対して「おめでとう」と言えるような、何かしら別の理由があったのでしょう。

発表会のプログラムに、私のマジックのことは全く載っていません。それは、あくまでも合唱の発表がメインであって、マジックは幕間のちょっとした息抜きであるという演出上の配慮です。

あの女性は、合唱の発表会の途中で急に始まった私のマジックを、どんな気持ちでご覧になっていたのでしょうか。おそらく、せっかく歌を聞いていたのに迷惑だというよりは、忘年会のかくし芸大会やお正月のテレビ特番の中でたまたまマジックが始まったような、軽い気持ちで楽しんで下さったと思います。

そこでハッと気づきました。考えてみれば、もとよりマジックはそういった、お祝い事を盛り上げる場面で演じられていた気がします。だからこそ、合唱の発表会で予想外にもマジックが始まり、色とりどりのシルクが舞うのを見て、なんだか優勝でもしたような、あるいは突然お正月がやってきたような、そんなめでたい気持ちになって頂けたのかもしれません。

そして、無性にお祝いしたくなるような心地で私に掛けて下さった言葉が「本当におめでとうございます(おめでたいことであります)」だったのではないでしょうか。推測ですが、そう考えるとしっくり来ます。

良いニュースがなかなか聞けない昨今ですから、ちょっとしたお祝いごとでもあると嬉しいものです。しかしながら、お祝いごとはそう頻繁に訪れるものではありません。そんな日々の中で、マジックは特に何もない日でもなんとなくお祝いしたくなるような、めでたい気持ちを生み出す不思議な力を持っているのでしょう。

あのときの「おめでとうございます」は私にとって、そう言って貰えるマジックをまた演じたいと思える、魔法のような言葉でした。