Rainforcement 人を勇気づける強化魔法

応募部門: 演技部門
作: チーター

『Rainforcements How to Get Peaple to Help You』

最近読んだこの本のタイトルを直訳するならば、「強化 あなたを助けてくれる人々の獲得方法」といったところか。日本では「人に頼む技術」と意訳されて販売されている自己啓発本である。

学生時代はほとんど1人で手品と読書とアニメと研究活動に没頭しており、あまりチームで活動してこなかったものの、会社員となるとそうもいかないことを身をもって痛感。足りない仕事力とコミュ力を知識と技術で補うべく、書籍から学ぶことが多くなった。そのうちの一冊がこの本だ。

レインフォースメントすなわち強化とは本書において、「人は1人でできることは限られてるから他の人を頼って戦力を強化しよう」という生き方の話だけではなく、「適切に人を励ましたり報酬を示すことで相手の良い気持ちを強化して、快く自分を助けてくれるように働きかけよう」という心理学的なコンセプトも込められている。コロンビア大学の社会心理学者が科学的実証研究により確立された「頼み方の技術」が記してある。コミュ症の立場に寄り添った本で、ある心理学者が人を頼ろうとした際に、気まずさのあまり「死ぬかと思った」という体験談からスタートした研究も紹介されており、なかなか面白かった。これは余談だが。

さて、なぜ手品のエッセイで自己啓発本を取り上げたのかと言うと「他の何かに頼って自分を強化する、励ましと報酬でやる気にさせる」という自己啓発の概念がまさしく、小学4年生の頃から約15年続く、自分にとっての「趣味手品」の役割に近いと思ったからだ。

今まで色んな人に演技を見てもらった。同級生、先生、通りすがりの人や学外コミュニティでの余興、会社の上司や同僚などなど、ほんとに色んな人たちだ。しかしずっと趣味として続けるうちに、いつしか自分を「マジシャン」とは名乗らなくなった。見てくれる人を「お客さん」とも思わなくなった。

自分の趣味手品、そしてこのエッセイにおける「お客さん」とは、一番は演じている「自分」のことである。

そもそも、
マジシャンから憧れと目標をもらい
業界から知識と道具をもらい
周りの人から時間と理解をもらっている立場だと考えれば、やはり自分が一番のお客さんなのではないかと思っている。

他の子と比較して勝手に劣等感を抱き、他には真似できない自分だけの優越感を得るため、弱者戦略として手品を覚え始めた小学4年生。

どこでも買えて誰でも簡単にできるおもちゃ屋さんではなく、あえてみんなが読んでない本で学んだり、TVで種明かしされたネタをみんなが忘れた1年後のタイミングでネタ見せしたり、なかなかズル賢い少年だった。どうやらこの時代からチーター(イカサマ師)だったらしい。

友達作り以前に知らない人に話しかけることすら出来ない自分が、誰かに話しかける、もしくは相手が話しかけたくなるように仕向けるための勇気づけとして使い始めた高校2年生。教室内で500円玉を指の間で転がしたり消したりしている変な少年がいたら、まぁ話しかける人も出てくる。あとは1ネタしっかり見せてからしっかりと感想を聞けば、その人が親切か冷やかしかはなんとなく分かった。おそらくこれが、自分にとってのストリートマジック経験だ。

基本的に手品やアニメ、推理小説以外に興味がなく、他人や知らない分野に見向きすらしなかった。そんな自分の好奇心を押し広げるきっかけを作ったのも、大学時代の手品経験である。

やり方もやる意味も分からない手品の現象。お金を払う価値もないのに時間を取られて注意を払わされ、驚かされるだけ驚かされて、しかも最後は種あかし、というか答え合わせはナシ。そんなお客さん役にとって全くメリットのない趣味手品。それを自分が続けられる環境を維持するために、せめてお客さん役にとって楽しい時間だけは作れるようにと手品の創作を始めたのが大学3年生。

相手は何に愛着を持ち、何に嫌悪感を抱くか?今までに関わった娯楽は?見せた現象に対して、どのような考えから何を感じ取り、自分に対する態度に変化はあるだろうか?それを炙り出すために必要な質問や手品はなんだろう?関わる人に興味を持ち理解するよう意識づけるため、この頃は市場調査や演出づくりのマネゴトをし始めた。

そして現在。

仕事の忙しさで頭が硬くならないよう、自分の行動力や好奇心を維持・強化するための脳トレ感覚で手品を使っている社会人25歳。
ここで手品の使い方の具体例を挙げてみよう。履歴書の趣味欄に「創作手品」と書いている自分は、初めましての上司や同僚に自己紹介ついでに演じる営業ネタ(?)がある。
ArmTwister。腕を使ったDo  as I do。手を組んだ両腕を捻るが、お客さんはできないのにマジシャンだけがあり得ないくらい捻じれるやつ。正式名称はよく分かってないけど、あのネタをよくやる。

この手品はお客さん役の人も参加する手品だ。
お客さん役にも伝わるようにきちんと発声し、論理的に説明する必要がある。例えあがり症でしゃべり下手であってもだ。
時には一人一人にアイコンタクトを取り、呼吸を合わせ、状況によっては相手の名前も呼ぶ。例え相手が一見苦手なタイプだろうとだ。
「趣味は手品です」と言ったからにはやらざるを得ない。
面白いやつだと職場の人たちに思い込ませ、受け入れてもらう意図はもちろんある。同時に、自分がちゃんと同僚の人たちの顔と名前と言動に注意を払えていることを確かめる。これなら普段の仕事でも相手の仕事に関心を寄せて、自分から人に頼ったり頼られたりする意識姿勢を作れるはずだ。まさしく自己啓発。

15年間を通して、その時々で見てくれた人の性格や態度は全然違っていて、もちろん環境だけではなく自分の心境とか熟練度も変わり、変化に合わせて演目もスタイルもスタンスも変わり続けていた。でもやっぱり「自分を新しい挑戦に向けて動かす勇気づけとしての手品」という目的は一貫していたと思う。

これに気付いたのは大学生の頃だ。最初から戦術的に、自己啓発的に意識していたわけではない。だから最初から手品を正しく使えたわけではないし、今でも取り扱いは難しい。

手品のせいで、正確には正しく手品を使えなかった自分のせいで、相手を不快な気持ちにもさせた。逆に手品がきっかけで知り合うことができ、今では手品がなくても関係が続いている仲間や友人もいる。

その成果はカードを当てるよりもコインを消すよりも大きな成果で、人付き合いが苦手だった時期の自分からすれば、それは魔法にも等しい。

もしも仕事ではなく趣味として手品を始めたい人がいたならば、「まずは徹底的に自分のために使え」とアドバイスすると思う。独善的だろうか?しかし、お客さん役がもし自分の日常にいる知人友人であるならばこれで良いと思う。なぜなら、手品を抜きにしても学校や職場で関係を続けなくてはならない相手だ。たかだか趣味でその関係性を壊すことは自分も困るだろう。逆に手品を終えた後もその関係性を良くすることを全力で考えることは、自分にとって良いことである。そして関係性を良くするその延長は、相手の幸せにも繋がるはずだ。

職業マジシャンたち、あるいは彼ら彼女らに憧れる人たちの掲げる「手品で人を幸せにしたい」「手品で人を笑顔にしたい」という理念。残念ながらそれに比べたら、自分の考え方は自分勝手かもしれない。自分の最終目的はやはり、相手に気に入られて自分の生活圏の環境を良くすることだから。自分にとっては技術であり、ライフハックであり、生存戦略であり、人生そのものだ。

一時期は自己嫌悪にも陥ったが、今ではそれでも良いと思っている。

手品だけで人を幸せにしようとか笑顔にしよう、というのはなかなか難しい。手品でなくてはならない場合はほとんどないし、むしろ手品でないことの方が良い場合も多い。しかし、相手が幸せに、笑顔になるにはどうしたら良いか?自分にできることは何か?それを達成するために、何を練習し向上すべきか?そう自分に意識づけて行動させるきっかけとしてならば手品は使えるはず。

手品が好きな人、嫌いな人、興味のない人、いろんな人たちと関わる上で、手品は万能ではない。だからこそ相手がマジックを気に入るのかどうかをしっかりと見極めて、ここぞという時に自分を奮い立たせるための強化魔法として使えれば良い。これまでも、そして恐らくこれからも自分は、自分のために手品を使い続ける。

でも、もしもいつか。

自分が本気で幸せを願いたい誰かが現れて、その人の幸せを第一に考えて知識•技術を総動員したなら。その人の「ありがとう、感動した」という言葉を素直に受け入れられたなら。自信を持って「私はマジシャンです」と名乗れそうな気がする。もしかしたらその手段は手品ではないかもしれないが。

その時に備えて、これからも自分は自分に強化魔法をかけ続ける。