きっかけ

応募部門: 鑑賞部門
作:tony

(〜2015年8月中旬、ホテルのベッドにて〜

「僕が”ウン”とパワーを込めると…」

その次の瞬間私の心の中で静かに何かが動いた。それは容易にそして鮮明に思い出すことが出来る)

 きっかけとは面白いもので、突然やってくる。これは私がまだマジックを見る側だった頃の話である。

 当時大学生の私は両親の勧めで、あるツアーに参加していた。簡単に言うと【台湾に住んでいない台湾籍を持っている人】を対象としたツアーで、それなりに楽しんでいた。3食付いて、ホテルや寮に泊まって、お小遣いまでくれるという至れり尽くせりのツアーだ。そんなツアーのある日、私は移動中のバス内で噂を耳にした。それは参加者の1人にマジックができる人(Mさん)がいるというものだ。ふーんと思いながら曲の音量を上げて私は寝た。マジックは好きでも嫌いでも無かった。テレビでやっていれば見るしMr.マリックやセロくらいは知っていた。

 その日の観光プログラムが終了して、後はホテルに向かうだけになった。配られた部屋割りをよく見ると偶然Mさんと部屋が一緒だった。ホテルに着き荷物をおろして一段落したところで、Mさんにマジックを見せてくださいと頼んだ。すると彼は快く引き受けてくれた。トランプを取り出し、慣れた手付きで切り混ぜてシーツの上に広げた。「1枚引いて覚えて」そう言われて私は一枚引いた。確か、ハートのKだった。「じゃあここに返して…うん…ありがとう」そして彼はこう続けた「今から裏と表で混ぜるね」裏と表で混ぜる?あー!本当に混ぜてしまったと思っていると「表の面もあるし裏の面もあって裏と裏同士のところもあるよね」と言われ私は頷いた。というか、そりゃ当然だろうと思っていた。だって裏と表を混ぜたのだから。そこに疑う余地は無かった。ここから何が始まるのだ?と期待しながら見ていると「僕が”ウン”とパワーを込めると…全部の向きが揃って…」正直その先、彼がなんと言ったかはっきりと覚えてはいない。カードの向きが揃ってしかもご丁寧に選んだカードは向きが違う。という事実だけが残った。ただただ衝撃が走った。こんな事があるのか、凄過ぎる。20歳の私を満足させるのには十分過ぎるマジックだった。この出来事をきっかけにマジックにのめり込んで行くのであった。日本に帰って来た後、早速マジックの道具を買いに行くのだがそれはまた別のお話…。

 あれから4年半が過ぎた。今でこそ、あれは何のマジックだったのか知っているし、やり方も歴史も勉強した。縁もあって人前でマジックする機会も沢山頂いた。マジックを初めて生で見た人はあのときの私と同じ気持ちなのだろうか?少なくとも私が相手にした人はそうであって欲しいと願って今日もマジックと向き合っている。

※そのMさんだが、実はコインマジックの方が凄いと言うのを帰国後に耳にしてそこだけが心残りである。